上限性質と切断公理は、一般の全順序において同値である

注:以下において、「切断」は下組・上組ともに非空のものだけを許す流儀をとる。

ワイエルシュトラスの公理」あるいは「上限性質」などと呼ばれる、「上に有界な非空集合は上限を持つ」という命題は、順序体の完備性の表現のひとつとして知られている。この言明には体構造に依存する語彙が全く含まれていないから、単なる全順序集合に対して成否を問うこともできなくはない。しかしその場合には、自然数全体の集合\(\mathbb{N}\)や整数全体の集合\(\mathbb{Z}\)も上限性質を満たしてしまうことになるので注意が必要である。同様に、デデキントの切断公理に関しても、「下組が最大元を持たず、かつ、上組が最小元を持たない」ケースを排除するだけでは、\(\mathbb{N}\)や\(\mathbb{Z}\)が生き残ってしまう。これを避けるには「下組の最大元と上組の最小元のうち、片方だけが存在する」と言わなければならない。すべての順序体は稠密であるので、順序体の文脈で完備性を論じる際には、暗黙のうちに両断端ケース(下組が最大元を持ち、かつ、上組が最小元を持つケース)が除外されている。それゆえにこそ、どちらの言い方でも差異は無くなるのである。

では、一般の全順序に対しても上限性質と(両断端ケースを除外しない流儀の)切断公理とは同値なのであろうか?こんなことを調べることに意義があるのかどうか甚だ疑わしいが、気になってしまったので考えることにする。

まず、「上限性質⇒切断公理」の証明は容易である。
(証明)全順序集合\( (X, < )\)が下組\(A\)と上組\(B\)に切断されているとする。\(B\)の任意の要素は\(A\)の上界である。\(A\neq\varnothing,B\neq\varnothing\)だから、上限性質により\(A\)は上限\(c\)を持つ。\(c\in A\)のとき、\(c\)は\(A\)の最大元である。\(c\notin A\)のとき、\(c\in B\)であり、\(c\)は(\(A\)の上界のみからなる)\(B\)の最小元となる。
以上により、「\(A\)が最大元をもつ」と「\(B\)が最小元をもつ」の少なくとも一方が成立する。■

次に、「切断公理⇒上限性質」を証明するために、全順序集合\( (X, < )\)の部分集合\(A\)について、その上界全体の集合\(U(A)\)が持つ性質に親しんでおく。
補題ア】(1)\(A=\varnothing\)のとき\(X=U(A)\)である。(2)\(A\neq\varnothing\)で\(X=U(A)\)となるのは「\(X\)が最小元\(m\)を持ち、\(A=\{m\}\)である」ときに限る。
(証明)(1)任意の\(x\in X\)をとる。\(A\)は要素を持たないので、\(a\leq x\)を偽にする\(a\in A\)は存在しない。したがって\(x\)は\(A\)の上界である。■
(2)\(X=U(A)\)と仮定する。\(m,n\in A\)とすると、\(m,n\in X=U(A)\)だから\(n\leq m\)かつ\(m\leq n\)、したがって\(m=n\)である。よって\(A\)の要素は1個以下である。これに\(A\neq\varnothing\)という仮定を加え、\(A=\{m\}\)とすると、任意の\(x\in X=U(A)\)について\(m\leq x\)が成り立つから、\(m\)は\(X\)の最小元である。■

補題イ】\(X-U(A)\)が最大元を持つとき、\(A\)は最大元を持つ。
(証明)\(X-U(A)\)が最大元\(y\)を持つと仮定する。\(y\)は\(A\)の上界でないことから、\(y < z\)なる\(z\in A\)が存在する。\(y\)は\(X-U(A)\)の最大元であったから、それよりも大きい\(z\)が\(X-U(A)\)に属すことはできず、したがって\(z\in U(A)\)である。すると\(z\)は\(A\)の上界で\(A\)に属すもの、すなわち\(A\)の最大元である。■

これらの補題を用いて、切断公理から上限性質を導く。
(証明)\( (X, < )\)は全順序集合であり、\(A\)はその部分集合で上に有界な非空集合であるとする。\(A\)の上界全体の集合\(U(A)\)が最小元を持つことを示す。
・\(X=U(A)\)のとき:\(A\neq\varnothing\)と補題ア(2)から、\(U(A)\)は最小元を持つ。
・\(X\neq U(A)\)かつ\(X-U(A)\)が最大元を持つとき:補題イから\(A\)は最大元を持つ。\(A\)の最大元は\(A\)の上限(\(U(A)\)の最小元)でもある。
・\(X\neq U(A)\)かつ\(X-U(A)\)が最大元を持たないとき:\(A\)は上に有界であったから\(U(A)\neq\varnothing\)であり、\(X\)は下組\(X-U(A)\)と上組\(U(A)\)に切断されている。すると切断公理により\(U(A)\)は最小元を持つ。■