デデキント『連続性と無理数』§4末尾の疑問

デデキント「連続性と無理数」(英訳: http://www.gutenberg.org/files/21016/21016-pdf.pdf )についての疑問メモ。

(議論の前提)有理数全体の集合に対し、その切断\((X_1, X_2)\)がひとつ定まるごとに、それに対応する実数\(x\)がひとつ定まる、とする。

切断\((A_1,A_2)\)と切断\((B_1,B_2)\)とに対応する実数を、それぞれ\(\alpha\)と\(\beta\)と書くことにする。2つの切断の間には\(A_1\supset B_1\)または\(A_1\subset B_1\)が成り立つため、以下のうちのいずれかひとつが起こる。

(1)\(A_1\supsetneq B_1\)であり、\(A_1\backslash B_1\)が
・(1a)2個以上(実は無限個)の要素を持つ
・(1b)単一の要素からなる
(2)\(A_1=B_1\)
(3)\(A_1\subsetneq B_1\)であり、\(B_1\backslash A_1\)が
・(3a)単一の要素からなる
・(3b)2個以上(実は無限個)の要素を持つ

(1a)を\(\alpha>\beta\)、(1b)(2)(3a)を\(\alpha=\beta\)、(3b)を\(\alpha<\beta\)と定める。
(議論の前提おわり)

問題にしたい§4の末尾を、ちくま版(渕野訳)から引用する。

(引用)
\(\alpha > \beta\)なら,つまり,\(A_1\)に含まれる数で,\(B_1\)には含まれていないようなものが無限に存在するなら,そのような数で\(\alpha\)とも\(\beta\)とも異なるようなものが無限に存在している.そのような有理数\(c\)は\(A_1\)に含まれるから,\(<\alpha\)であり,\(B_2\)に含まれるから,\(>\beta\)であるからである.
(引用おわり)

いまは有理数全体の集合の切断を扱っていることを考慮すると、ここに出てくる「数」「もの」はいずれも有理数である。一方、\(\alpha\)や\(\beta\)は実数(に対応する、有理数全体の切断)であり、有理数かもしれないし無理数かもしれない。したがって\(c<\alpha\)や\(c>\beta\)は、上で導入した「実数としての」不等式である。

疑問の本題だが、ここは結論は正しいが証明が誤っているのではないかと思う。例えば\(\alpha\)が有理数であり、\(A_1\)の最大元となっている場合、\(c=\alpha\)かもしれず、\(c<\alpha\)とは言えないのではないか?

追記:twitterで@nolimbreさんにご教授いただき、原文および英訳では「後の文が前の文の理由を述べる」という形にはなっておらず、単にセミコロンでつながっているだけであることに気づいた。岩波版河野訳でも

(引用)
もしα>βならば、B1に含まれていないでA1に含まれる無限に多くの数があるし、これらは同時にαともβとも相異なる。このような有理数cは<αである。というのはA1に含まれるからであって、これらは同時に>β、というのはB2に含まれているからである。
(引用終わり)

となっており、同様であった。以上から、デデキントは「αともβとも異なるものがある」ことについては自明とし、そのようなcに対して、単に「異なる」だけでなくα<c<βであることを理由とともに付け加えた、と考えるのが妥当であると考えられる。その意味で渕野訳は誤訳と言えるのではないか、というのが現時点での私の見解である。