ノルム環と*環

多元環(algebra)に劣乗法的なノルムが入ったものを「ノルム環」、多元環に対合の要請を満たす1変数演算$(\cdot)^*$が入ったものを「$^*$環」と呼ぶ。ノルム環でしかも$^*$環であるものに対し、次の2つの条件を考える:
(任意の元$a$に対し)(i)$\|a\|=\|a^*\|$、(ii)$\|a\|^2=\|aa^*\|$。

(ii)は(i)よりも強い条件であり、実際$\|a\|^2=\|aa^*\|\leq\|a\|\|a^*\|$から$\|a\|\leq\|a^*\|$、同様に$\|a^*\|^2=\|a^*a^{**}\|\leq\|a^*\|\|a^{**}\|$から$\|a^*\|\leq\|a^{**}\|$が得られるので、$a^{**}=a$に注意すれば(i)を得る。

この過程を見返すと、(ii)は等号でなくとも(ii)' $\|a\|^2\leq\|aa^*\|$でありさえすればよいことが分かる。それどころか、(ii)'から得られた(i)を再び(ii)'に反映させれば、(ii)そのものが言えてしまう:$\|a\|^2\leq\|aa^*\|\leq\|a\|\|a^*\|=\|a\|^2$。結局、(ii)は(ii)'に弱めても変わりはないことが分かる。
【2022年1月31日追記:「任意の$a$に対し(ii)'が成り立つならば、任意の$a$に対し(ii)が成り立つ」ということであって、各$a$に対して「(ii)'ならば(ii)」(つまり$\|a\|^2\geq\|aa^*\|$)が成り立つということではない。】

ノルム環でしかも$^*$環でもあるものが(i)を満たすとき、これを「ノルム$^*$環」と呼ぶ(すなわち、(i)はノルムと$^*$との両立条件と見ることができる)。(ii)を満たすものに名前が付いているのかどうか知らないが、もとのノルム環が特にBanach環であるとき、これを「$C^*$環」と呼ぶ。Banach環に限って言えば、上記の議論は「$C^*$環はBanach$^*$環でもある」とまとめられる。